想像力が鍛えられる一冊 - 本格小説/水村美苗
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この小説さえあれば、ほかの小説はいらない
「文学」をめぐる物語の不幸
価値ある作品
日本文学に向けてのメッセージ
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二回読んでしまうロマンス
本格小説 下
恍惚。
「日本語が亡びるとき」で一躍ベストセラー作家に名を連ねた水村美苗による1000ページを超える長編小説。
「静かで深い感動が心を満たす超恋愛小説」と紹介文には銘打っているものの、僕自身はこの小説を読んでも感動的な恋愛小説を読んだという感じは全然しなかった。というのも、東太郎の思いの深さ、よう子と東太郎(またはよう子と重之)とが一緒にいるときの幸福感、といった類いのものがこの小説からは完全には読み取れないからだろう。
物語のほとんどは、三枝家の元女中である冨美子の独白によって語られ、登場人物の内面は、あくまで表面上の行動によってしか語られない。例えば、「ほんとうに好きな人もいなかったのね?」というよう子の問いに「いなかった」と答える東太郎の本当の心の内は誰にも分からないのである。
しかし、小説としての描写が甘いかといえば、そのようなことは全くない。むしろ各人物の内面を想起させるには十分すぎるほど鮮やかな描写で、テンポのよい綺麗な日本語がすっと頭に入ってくる。表面上の事実しか語られないことは、むしろこの小説の魅力となっている。小説はあくまで事実のみを読者に届け、その判断は読者にゆだねられる。小説自体は、決してジャッジを下さない。読者はそれぞれの想像力を働かせてこの小説を読むことができるし、また冷静に理論的に事実を捉えることもできる。
僕自身もこの小説を読んで、「いびつな形のいつ崩れてしまうかも分からない幸せよりも、もっと別の形の幸せを探してもよかったんじゃん」なんて冷静で冷徹な見方をしてしまった。一度最後まで事実を把握した今は、また違った想像力でもって、読み返すことができるんじゃないだろうか。
余談だが、この小説は先月、「日本語が亡びるとき」が売れ始める直前に、新宿のブックファーストで「ブックファースト一押しの小説」として置いてあったので買ってみた。もう6年も前の作品を改めてこのタイミングで取り上げたブックファーストは、なかなか先見の明があると思う。