遥かへのスピードランナー

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月と六ペンス/モーム

月と六ペンス (新潮文庫)

月と六ペンス (新潮文庫)

ゴーギャンの伝記に暗示を得て、芸術にとりつかれた天才の苦悩を描き、人間の通俗性のおくにある不可解性を追求した力作
(本書裏表紙より)

一言でいうと、深い。
特に主役のストリックランドの言動や、彼を取り巻く一連の出来事は、理解できないもので、多分年月が経ってから読み返すとまた違った意味を帯びてくることが今から予感される。

そんな不可解性の中でも際立っているのが、ストリックランドにとっての2つの転機である、「妻子を捨てて、芸術的創作の道を歩むべくパリへ出たこと」と、「タヒチへたどり着いたこと」の二つの出来事である。前者では、周囲にはまるで予感させることなく、突然と姿を消したかと思えば連れ戻しに来た「僕」に対し、「僕はもう絵を描かないではいられないんだ」と語り、後者では、タヒチ島を目の当たりにして「僕が一生探ねあるいた場所はここだ。僕にははじめての場所だという気がどうしてもしない」と語る。そこには理屈では説明がつかない運命的なもの、神の啓示のようなものを感じる。そして、その運命的な出来事によるストリックランド自身の変わりぶりは、例えば「友人の妻を奪い、自殺に追いやったストリックランド」に対して、その内面を冷静に分析しようとする「僕」のことをあざ笑っているようにさえ見えるのである。

今運命という言葉を使ったが、ストリックランドの軌跡には彼自身の意志の力も、大きく働いていることも、また事実だと感じる。彼自身の内部に秘めた、本能や彼自身の理性を阻むものに対する憎しみ、そして創造に対する強い欲求は、読者を圧倒するものがある。そしてその意志の力をなぜ、彼が身につけるに至ったかに触れられていないこと、上記のような不可解性に対して読者それぞれの想像の余地があることが、また本書の魅力なのかも知れない。